サッカーのサポーターが、浦安三社祭の神輿を担がせてもらいました

(ブリオベッカ浦安が好きすぎて)浦安市猫実で一人暮らしを始めたおれにとって、初めての浦安三社祭でした。

浦安三社祭の簡単な説明

この動画に補足説明を入れるならば、

神輿を出すのは、「町会」や「町内会」と呼ばれる氏子の組織です。

古くから神社ごとに組織され、現在の自治会や町内会の区分と重なっており、三社祭の警備や運営に協力しています。

宮神輿を担ぐのは、主に祭禮の団体です(東組連合や西組連合など。自治会員とは違う)

あとの説明は↓も見てください。

さぁ始まる!これを見れば”三社”がわかる! 浦安三社例大祭【6/14更新】(ベイちばinfo)

自治会員の中には、↓のような風貌の方もいて、ぱっと見怖いです。

しかし、実際には怖くなかったです。昨年夏の盆踊りも手伝いをしましたが、楽しく活動できました。

6月14日(金) 宵宮

福島県内の泊まり出張から一旦戻ってきたのは、13日(木)の夜。

この1カ月の間に、神酒所の設置や提灯飾りなどの準備がされており、変わった風景を見てびっくりしました。

興奮して迎えた翌朝。

近くの小学校の体育館から、20mシャトルランの音楽が流れてきます。三社祭に向けた体力づくりに余念がありません(?)

夜が近づくと、神酒所が開かれます。街の熱気は上がる一方。

日が暮れるころ、町内神輿をそれぞれの氏神様の神社へ運びます。

運ぶといっても、がこもっていない神輿なので、極端なことを書けば「ただの箱」

神社の境内に神輿が運び込まれ(豊受神社の場合は30基以上)、宵宮が行われます。

宵宮の最中、写真や動画の撮影はもちろん、スマホ操作や無駄話もNG。関係者以外は入れません。人口密度&神輿密度が非常に高い境内は、暗闇で神秘的でした。

(上のYouTube動画は、特別な許可が下りています)

全ての神輿にを込めた後、境内の照明が一斉に点灯。大きな歓声があがり、神輿は境内を出発。

まだ宵宮の段階ですが、8年ぶりの開催も相まって、担ぎ手のみなさんは恐ろしいテンションでした。

おれも20分くらい担ぎましたが、この時点で相当疲れました。

この日は、神酒所まで神輿を担いで終了。

西組連合の神輿周辺は、とても賑わっていました。

6月15日(土)

注意.この2日間は神輿を担ぎまくったため、写真はほとんどありません。サッカーの大事な試合と同じように、その瞬間「今ここ」に集中していました。

朝10時ころから、(自治会エリア内の)あらゆる道を担いで通ります。

途中で休憩が入るとはいえ、この日は梅雨入り直前の快晴で暑かったです。

神輿をフル出場で担ぎましたが(まさか最初から担げるとは思っていませんでした)、住民の方を見る余裕はなかったです。

「マエダ!!マエダ!!」の掛け声は慣れてきますが、大きい交差点などで行われる独特の流れ

「地すり→もみ→差し→ほおり」は四苦八苦。全般的に、後続の「子ども神輿」のほうがキレはあったはず。

おれは背が高いので、神輿を担ぐポジションにも悩みましたが、アドバイスを受けてからは真ん中周辺に落ち着きました。

お昼ころには神酒所へ戻り、食事の時間となります。

みんなでおいしく、おにぎりをいただきます。

午後になり町内神輿を出す前に、ビッグイベントがありました。

自治会エリアを宮神輿が通るので、その様子を観に行きます。

宮神輿は「スケールが違いました」

その様子に圧倒されていると、自治会役員の方から「(宮神輿を)担いでみる?」との言葉をいただきました。遠慮なく、そのお誘いに乗り、宮神輿を5分間くらい担ぎました。

なぜ5分間だけだったかというと、その後「地すり→もみ→差し→ほおり」が行われるため。おれのような者が入ると危険です。

短い時間でしたが、疲れました。しかし、宮神輿を担げた充実感もありました。

「地すり→もみ→差し→ほおり」の様子は間近で見させてもらえましたが、その中にいた浦安D-Rocks(ラグビートップリーグ)の選手ですらきつそうでした。

宮神輿の見物は、町内神輿以上の迫力が楽しめますが、間近すぎると危ないので注意。

宮神輿が通り過ぎた後は、再び町内神輿を担ぎます。

おんな神輿の時間帯以外は担ぎまくりましたが、少し余裕が出てきます。住民の方が笑顔で観てくれる様子は分かるように。

夕方に近い時間になると、大きい交差点周辺は賑わってきます。

そこで、「地すり→もみ→差し→ほおり」をしましたが、周りのみなさんが掛け声や手拍子で盛り上げてくれたので「楽しい」という感覚になりました。

(おれではないですが)このときの「もみ」「ほおり」で担ぎ手のスマホ3台が落下。

まるで、昔のロッテの応援のような熱気でした。(当時の西武ドームは密集応援が可能で、満員のときは携帯や財布が落ちてしまうことが当たり前)

そして、初日の担ぎは終了。

差し入れのスイカが、とっても美味しかったです!!

日が暮れるころになると、テント下で懇親会(もっと遅い時間まで担ぐところもあります)。いろんな話を伺うことができました。

20時30分になると「神輿のかけ声」と「ディズニーの花火の音」が同時に聞こえてきました。

6月16日(日)

2日連続でサッカーのサポートをした後のように身体が重かったです。

肩の痛みと背中の張りがありました。

この日は、三社祭最終日。

昨日よりも、多くの方々が集まっていました。親子で担ぐ方が何組もいました。子どもよりも、大人のほうがテンションは高そうです。

おれは神輿を担ぎまくっているうちに、「視野が少しずつ広くなって」いました。

最初のほうは、足並み や かけ声を合わせるだけで精一杯でしたが、地すり・差しのときは鳳凰さまの様子を見れるようになりました。

大きい交差点付近では神輿を担ぎたい方が大勢いて、おれは「地すり→もみ→差し→ほおり」を盛り上げる側に就きます。

担ぎ手のみなさんを盛り上げる気分は、「サッカーのサポーターのとき」と一緒でした。(後述)

昨日と同じように神酒所へ戻り、おにぎりをおいしくいただきます。

午後は、宮神輿の後に続く町内神輿の列に合流。しかし、

その宮神輿が予定より大幅遅延。

宮神輿が1時間遅れ、その後ろも町内神輿が長い列をつくっているため、担ぐ距離は大幅短縮となります。

交通規制の問題もあるので一概には書けないですが、宮神輿だけでなく町内神輿への配慮もしてほしかったです。

担ぎ手のみなさんも、観客のみなさんも盛り上がりは最高潮となるはずでしたが、尻つぼみ状態。その間に、担ぎ手の方と浦安元町の話ができたので、悪いことばかりではありませんでした。

祭りのクライマックスである宮入りの時刻が迫る中、おれは三社祭を離脱。いろんな方から声を掛けてもらいます。

ブリオベッカU-18が、Jユースカップに出場しているので、その試合を観に行きます。身体がボロボロなので、サポートは ほとんどできませんでした。(身体がもっとボロボロになったのは、2022年10月 全社準々決勝vs栃木シティのとき)

試合内容は、酷い出来でした。「相手をリスペクトしすぎ」「ビビリすぎ」により、前半だけで0-5。後半だけは「ビビリすぎ」ではなかったので、1-1。90分間ぶっ通しで「マエダ!!マエダ!!」コールをしたかったです。

トップチームだけでなく、育成組織にも「浦安三社祭の心構え」を伝える必要があります。

三社祭終了後

宮入り後の猫実に帰ってきても、余韻が冷めません。

神輿を担ぐのも(他の担ぎ手の方の協力もあり)少しずつ慣れてきて、後半は本当に楽しめました。

神輿を担いでいる間、「適度な煽り」「まわりの声や手拍子」が大きなエネルギーになりました。ただし、中途半端だったり、やらされている感があると、何も伝わってきません。

この経験は、サッカーのサポートをするときの糧にします。

煽りや声、手拍子以外にも盛り上げる要素(提灯行列や山車など)はありましたが、それを見れるほど視野を広くすることはできなかったです。

↓の選手のような視野があれば、もっと楽しめたはずです。

浦安三社祭は、余所者からすると特殊なところは多々あり、「わっしょい」の掛け声が全くありません。

浦安の神輿を担ぐときの掛け声は、ブリオベッカのサポートでも多用したいです。

かといって排他的ではなく、以前にはない掛け声もあったらしいです。おれとか「猫実在住のオーストラリア人」の方も神輿を担いで楽しめました。

この祭りを毎年楽しみたい思いもありますが、「4年に1回だからこそ」大規模にできるのも確か。

(今回は8年ぶりだったので)「長年住んでいる方」や「住んでいた方」にとっては、同窓会になっている側面もあります。おれの実家がある地域に、そのようなイベントはないので、余計にうらやましく感じます。

20代の方が同年代と再会する様子を見てるだけで、ほっこりしました。

4年に1回だと、「以前と同じように準備することが難しい」こともあるようですが、(浦安に残れるなら)次の祭りも楽しみにしています。

最後の写真は、6/18(火) 泊まり出張先の福島県須賀川市から撮影しました。

では。