若者のあいだで「批評」と「スポーツ観戦」が不人気な理由 を読んでみた

数カ月前、タイトルが気になったネット記事を2本読みました。

 

若者のあいだで「批評」と「スポーツ観戦」が不人気な理由(現代ビジネス)

「映画を早送りで観る人たち」の出現が示す、恐ろしい未来 (現代ビジネス)

他の記事の信ぴょう性はさておき、この2本の内容は、概ね同意できます。

「趣味の多様化」 「その社会を造ったのは大人である」という視点が抜けていますが、このような考えになった背景を簡単に考察してみます。

私が老害と思われることを承知で

注意:私が違和感を覚えることを記述していますが、昭和の高度経済成長期には戻りたくないです。特に、治安(強盗や殺人)衛生(ゴミや下水)の観点から。

1.分かりやすさを求めすぎ

20世紀の時代よりも、活字(新聞や文庫本、新書etc.)を読む時間が減ったのは、様々なデータによって示されています。

片や、映像を観る時間が増えたのも、周知の事実でしょう。

その映像も、最近ではテロップを活用する場面がとても目立ちます。

テレビのバラエティ番組を例に挙げると、

テロップを多用し始めたのは、「マジカル頭脳パワー」や「めちゃ×2イケてるッ!」の時代です(1990年代)。

今や、フリップボードを使う機会も増え、情報が分かりやすいことは当たり前になりつつあります。

(落語の定席を年1回以上観賞するおれからすれば、少し寂しいです)

2.「失敗」を極端に避けている

失敗しない〇〇」という表現をよく目にするようになりました。

仕事や家庭のこと以外でも、「費用対効果」をとても気にしたり、

すぐに取り返しが利くことでも、「失敗した!」と言う人が増えたように思います。

「失敗ではない。上手くいかない1万通りの方法を発見したのだ」(トーマス・エジソン)という名言の意味を理解できない人だっているかもしれません。

3.「子ども扱い」される機会が減った

子どもが「消費者」である機会は、格段に増えています。

自分自身で情報端末を保持して利用することも「消費者」だと思いますが、

それ以上に、チェーン店の増加が要因として挙げられます。

極端に書けば、チェーン店を利用するとき、小学校低学年でも柳井正氏でも同じような対応を受けます。

こうした対応しか受けていないと、子どものうちから「〇〇してもらうのは、当たり前」という感覚になり、

エンタメに対しては、「私を(俺を)楽しませてくれ」と考える人も多いでしょう。

落語の定席で「つまらなくても笑うんです!」と力説する噺家さんに対し、本気で怒る客が現れても不思議ではありません。

まとめ

「分かりやすく」「失敗せず」「みんな扱いを平等に」する世の中では、コロナ禍も相まってストレスが増える一方です(特に若い世代)。

ネット記事にも書かれていますが、趣味は“心が豊かになること”ではなく、“ストレスの解消”だと認識する人が多いようです。

贔屓チームは特にないけど、有料配信のヨーロッパチャンピオンズリーグはリアルタイムで観ている人の話を聞くと、スポーツ観戦ではなくスポーツ観賞の時代が来ていることを実感します。

今後、スポーツ観賞をするファンは一定数残ります。

しかし、ごく一部のファンは、「スポーツ観戦(参戦)沼にハマり」今以上に多くの情報を発信するようになるでしょう。閉鎖的なリーグや球団であれば、批判ばかりすることも考えられます。

リーグや各球団が、ファンをどのように捉えるのか?

捉え方によって、提供する情報の中身は大きく変わってきます。

そこをはき違えなければ、ファン離れが進行することは、ないです。

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