おれは、首都圏が生活の基盤だ。しかし、何回も岡山にある清心温泉へ足を運んでいる。
1回目 岡山駅近の「清心温泉」 スポーツファンにはたまらない!
2回目 365日ぶりの清心温泉(岡山駅近)
しかし、昨年11月に全焼してしまった。
清心温泉さんに「感謝」
おまけ:未熟な声出しは、清心温泉を目指す!
そんな中、清心温泉に、新たな動きが出てきた。
「悪あがき」「到底無理」とも思える。それでも、一歩を踏み出した。
銭湯の常連さん数人とは話をしたこともある。(学生時代も今も友達が少ない)おれでも、違和感なく接してくれたことは、よく覚えている。
この場所には「不思議な一体感」があった。
「ひとつになっている」空気が漂っている。
普通の銭湯よりも設備が劣っている分だけ、利用するお客さんの「協力なしには成り立たない」場所であることが大きな理由だろう。
設備は劣っているけど、それを補うため、焼鳥テラスや惜しげも無い野球グッズの展示かあった。
番頭さんと常連(になった)客との関係性を見ていると、
「類は友を呼ぶ」という言葉がピッタリだ。
(でも、番頭さんは「使う」立場。常連さんは「使われる」立場。になることが多い)
常連さんも、普通のお客さんも、年齢層が幅広いのも、清心温泉の特徴である。
小学生~大学生の若い利用客も多い。清心温泉は「銭湯」なので、たくさんの人から、いっぱい話を聞いているのだろう。スマホばかりいじっている学生さんと比べて、最低限のあいさつや、話の受け答えがよくできている。おれにも、こんな「コミュニケーション能力」があれば…と何回思ったことだろう。
そんな常連さん、中でも、若い利用客たちが、笑顔で居られる舞台が無くなったのは残念だ。
「自分らしく居られる場所」(言い換えるならコミュニティ)を、何らかの形で存続できないのだろうか?
全焼から少し時間は経ったが、「悪あがき」「到底無理」とも言える、支援の輪が少しずつ大きくなろうとしている。
おれは、
「礼儀・感謝・謙虚」を持っているか自問自答して、「ちょっと尖った個性」を持ちつつ支援の輪に入りたいと思う。
今はほとんど野球場には行かないが、
野球に例えると、おれは、21点負けている9回でも応援するような人間だ。
カープの応援団長だった【かりべやすお】さん
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